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こまこカフェ

自閉症スペクトラム障害、アスペルガー症候群の娘こまこさんとの日々をつづります

女優さんの件の会見に思うこと

先日、強姦致傷事件を起こした容疑者の母親である女優さんの会見を見てからというもの、胸が苦しくて仕方ない。
彼女もまた間接的な被害者だし、手のかかる子の子育てに苦労してきた心情、状況が痛いほど分かるだけに他人事とは思えないほどの心痛がある。


会見の翌朝、目が覚めていちばんに
「ああ、あの事件は夢じゃないんだ」
そう思って重苦しい気分になり、それは私の身に起こったことではないのだと自分に言い聞かせた。
容疑者は留置所で目を覚ますたび後悔するのだろうか、これは夢ではないのだと。
そしてその母親も同じくそうだろう。
寝ても覚めても終わらない悪夢がこれから続くのである。


苦労してなんとか社会で自立していけるように育ててきただろう、甘やかしすぎと言われたり、子離れができていないと言われたりしても、子が自分で身を立てられるようになるまで面倒を見るのが親の役目だと思えば、周りになんと言われようと子のために頭を下げて回らなければならなかったかもしれない。

 

容疑者が発達障害だったかどうかは素人が判断すべきではないし、専門家でもない人たちが聞きかじった知識であれこれ診断名をつけるのは、発達障害児を育てる親として憤りを覚える。
しかし4歳まで言葉が喋れなかったなどの記事を目にすると、今なら何等かの診断がついたのかもしれないなあと思ったりはする。


私の娘は3歳半のときに発達障害のひとつである自閉症スペクトラムアスペルガー症候群と診断された。
記憶力がとてもよく、2歳までに平仮名、カタカナ、アルファベットを読めるようになっていたが、会話のキャッチボールに困難があった。
4歳ごろまでは、言葉や会話を覚えて真似するものの、簡単な質問に適切な答えが返せなかったり、質問に対してオウム返ししかできなかったりという感じだった。
普通に喋っているように見えるうえに記憶力も良いことから、医療機関で相談しても心配ないと言われていたし、私自身が育児ノイローゼを疑われて心療内科を勧められることもあった。
言葉を喋っていてもこちらの言うことを理解していないことが多いようだし、かんしゃくがひどくて本当に苦労した。
かんしゃくには娘なりの理由があり、それを言葉でうまく伝えることができずにパニックになっていたのだが、それに関してはまた別の話なので割愛する。


とにかく知的障害がない発達障害というのは見つかりにくく、健常者とのボーダーラインにいる場合は本人の困り感に気付いてもらえずに親も子も苦労する。

 

自閉症スペクトラム障害スペクトラムとは連続体という意味で、自閉症の傾向が強い人から、全くない人までを連続体として考えたときに、障害者と健常者の間に明確な線引きがあるわけではない。
ボーダーライン辺りにいる人なら、適応しやすい環境に置かれることより全く障害を感じることなく生きていけるだろう。
程度によっては環境で障害か障害でないかが決まることがあるのだ。
要は、その人が生きていかなければいけない社会で適応できるかどうかが、障害者か否かを分けることになる。


しかしあくまでもこれはボーダーラインにいる場合の話。


発達障害のチェックリストを見てみると分かると思うが、なんとなく自分や周りの人に当てはまる項目があるはずだ。
だが当てはまったとしても大抵の人は社会生活に困難を抱えるほどではないだろう。
この機能障害が社会生活を困難にさせるほどひどい場合、発達障害を疑われることになる。

 

発達障害は育て方により後天的に発症するものではなく、先天的な脳の機能障害なので、障害の程度がひどい場合は身体に障害を持つ方と同じように社会生活が困難になる。
外見では障害が分からないために周りの配慮が得られず生き辛さを抱え、鬱などの後天的な二次障害を発症して苦しむことも多い。


件の容疑者がどうだったかは分からないが、芸能界という彼の特性に合った社会を見つけ、彼自身の才能を伸ばして評価されていたので、そのままいけば何らかの診断をつける必要もなく、個性として受け入れられる範囲になっていたのかもしれない。
そして、そんな人は世の中にいくらでもいて、完全な健常者を定義すればそれは人として相当優秀でなければならないし、そちらの方が少数になるのではないのだろうか。

 

あの女優さんが会見でお話しされるのを聞いたとき、私は意表を突かれた。
私が勝手に予想していたのは、息子のやったことは許されることではないと険しい表情で断罪し、被害者の女性、仕事の関係者への謝罪を行って会見に幕を引く彼女だった。
しかしマスコミの前に出てきた彼女は、小学生の息子がたいへんな事件を起こしてしまったと困惑しているような表情で憔悴しきっていた。
およそ成人男性の起こした罪とは思えない会見だった。
だからこそ彼女の苦しい立場や思いを知った世間の人の同情を誘ったし、私自身も親として身につまされる思いだった。

 

しかし、被害女性からしたらどれだけ胸をえぐられる会見だっただろうか。
性的被害に遭うということは、人としての尊厳を奪われることだと本当に理解できている人はどれだけいるのだろう。
男性とふたりきりで、無理やり組み敷かれるということは、首でも絞められれば簡単に命を奪われるということでもある。 
抵抗しても聞き入れてくれない興奮状態の人間に、更に抵抗する勇気など普通は恐怖で沸いてこないだろう。
殺されないために抵抗しないという選択をせざるを得ない状況が想像できるだろうか。
そして事後、その相手を非難してその場で罪を意識させたとして、相手はこちらの意思を全く尊重せず、欲望の赴くままに行動する人物だ、激高してさらに傷付けられるのではと恐怖に怯え、言いなりになるしかない。
だから相手が満足して興奮が収まってから、そっと傍を離れることしかできないし、命を守るためにはそれがいちばん賢明なのだ。

 

被害女性の受けた傷は加害者の社会的地位を崩壊させることと比べられるものではない。
その罪でどれだけの社会的制裁を受けようが、被害者家族までもが間接的な被害者になり不幸になろうが、彼はそういう罪を犯したのだ。


女優さんが会見で、このようなことは言わない方がいいのかもしれないが、息子は死にたいと言っていたとか、思考が停止したように「申し訳ない申し訳ない」と繰り返すばかりで泣いていたなどと言っていたが、世間に対してあの情報は必要だったのだろうか。
何があってもあなたのお母さんだからと言った涙ながらの場面など、子に対する深い愛情と苦しさが伝わってきたし、容疑者がどれほどの親不孝を犯したのかを思い暗澹たる気持ちになった。


しかしあの会見で同情を買い、容疑者でありながら弱者側の立ち位置に多少なりともずれてしまったことで、被害女性が裁判に持ち込もうとしたときに非難する人が出てくるかもしれない。
これ以上の制裁を加えることが間接的な被害者である相手家族を更に苦しめることになると分かっていれば、被害女性自身も罪悪感を持つかもしれない。
ましてや示談金を受け取ろうものなら、やはりお金が目的だったのではないかと疑う人も出てくるだろう。

挙句の果てに発達障害なのだから事件を起こしたことは仕方がないなどということになれば、被害者は黙るしかなくなる。

 

そもそも性欲を我慢できないほど理性を保てないような特性なら、10代ですでに事件を起こしていたのではないだろうか。
普通なら眉を顰められるような言動も、バラエティー番組で笑ってもらえることで許されていると勘違いしていったのかもしれないし、有名人ということで一般の人からちやほやされることに慣れてしまい、何をしても受け入れてもらえる気分になっていたのかもしれない。


今までだって性犯罪事件を犯した芸能人は何人もいた。
本来なら理性で欲望を抑え込むことができていたのに、環境が彼のタガを外してしまったのかもしれない。


世の中には店頭接客で親切にされただけでもそれを相手の好意だと勘違いする人はいる。
私は旅行業界で接客を長くやっていたが、お客様に満足していただきたいとの一心で接客し感謝されることもあれば、男性にそれを好意と勘違いされてつきまとわれることもあった。
きちんとした職業についている普通の男性でもそのようなことがあるのだ。
もしそのように相手の気持ちを誤解しやすい人が芸能人としてちやほやされたらどうなるだろう。
原因は容疑者の特性だけでなく、社会経験や下積みを十分に積まず、良識を持ち合わせないまま持て囃された結果かもしれないし、それは本人とご家族、専門家がひも解いていくことでしか明らかにできないだろう。

 

だからすべて発達障害のせいにしてほしくないのだ。

 

社会に適応できずにどれだけの人が二次障害で生き辛さを感じているか、その人たちが偏見の目に晒されて犯罪者予備軍のような目で見られ、更に生き辛さを感じる世の中にだけにはなってほしくない。


まわりの空気が読めないちょっと変わった人が全て発達障害ではない。

 

私もかつて性犯罪被害に遭ったのだが、相手が精神障害を装って入院してしまったため、裁判に持ち込むこともできなかった。
その人の母親から涙ながらに謝罪され、警察には相手のご家族にも生活があるのだからと諭された。
殺されかけたにもかかわらず泣き寝入りするしかなかったのだが、事件後2年間は加害者に追われたり待ち伏せされたりする悪夢に怯え、口惜しさと恐怖から何度も相手を太刀で思いきり切り刻む白昼夢から逃れられなかった。


20年経った今でさえ、加害者の陰に怯え、昼間でも家の鍵を何度も確認してまわっている。


性犯罪被害に遭ったにもかかわらず、加害者の母親に泣き付かれて示談金ですまされても気持ちが晴れるわけがない。
加害者が死にたいと言っていることを知らされるのは、これ以上の制裁を加えるなという強迫に等しいのではないか。

 

今後あの事件がどのような結末を迎えるのかわからないが、私は被害に遭われた女性の方がどうか心安らかに過ごせる日が早く来ることを願う。
そして発達障害に対する偏見がこれ以上広がりませんように。

 

はてなブログの仕様に慣れていないため記事を削除してしまいました→解決

6月に書いた記事「かまってちゃんのお友達」を間違って消してしまいました。

記事が消えてショックを受けていたところ、Twitterのフォロワーさんにネット上にキャッシュが残っているようだから、そこからテキストをコピーできると教えていただき、無事に記事を見つけ出して再掲することができました。

たくさんの方にせっかく星をいただいたのに、消してしまって申し訳ございません。

 

※今月から記事の復元ができるようになっていました。

星も戻ってきました。お騒がせしました。

 

 

かまってちゃんのお友達

「あのね、今日ここをケガしたの」


まりんちゃんは小学校の帰り道、必ず身体のどこかしらを指差して訴えてくる女の子。
海が好きな子なのでまりんちゃんとしておこう。
彼女は娘の小学校のお友達で、いつも不安気な表情をしている。


「どこでケガしたの?」


そう聞きながら指差しているところを見ても、だいたいは傷や打撲の跡は見当たらず、あっても全くたいしたことはなさそうなのだが、話を合わせて心配してあげると多少は気が済むようだった。

 

私を見るなり足を引きずって歩きはじめることもよくあった。

大げさに痛がったりしゃがみ込んだりしながら帰り道を進むので、知らないお婆さんに

「あの子だいじょうぶなの?」

と咎められるように声をかけられたこともある。


「だいじょうぶです。ちょっとかまって欲しいだけなので、本当はケガなんかしていませんから」


私がまりんちゃんに気付かれないよう小声で言うと

「あら、そうなの」

と安心してその方は去って行った。

 

 

娘を学校に迎えに行くと、帰路が同じ6、7人の児童をいっしょに連れて帰ることになる。

他の子どもたちもなんとか大人の私の関心を引こうと、それぞれ今日学校であったことなどを一斉に話しかけてくる。


まりんちゃんだけは相手の興味を引くために、身体の不調を訴えなければ関心を引けないと思っているようで、この子はなぜこうなのだろうと考えていた。

 

朝、小学校の正門が閉まっている時間に、大幅な遅刻をして登校してくるまりんちゃんを見ることが何度かあった。

娘を送った帰りにひとりで学校へ向かう彼女を見かけたときは、いっしょにお話ししながらもう一度学校まで歩いて行った。

雨の中、傘もささずに学校へ歩いているところに出会ったこともある。

家が遠いため途中で雨が降り出したのだろう。

傘をさしかけながら学校へ送っていく道すがら、朝起きられなくてお母さんに怒られたことなどを話してくれた。


いつも何か反省しているようなまりんちゃん。
この子はちゃんと甘えることができているのだろうかと気がかりだった。


小学校が歓楽街近くにあるため、登校時間に朝帰りの酔っ払いとすれ違うこともある。
子どもに何かあってはいけないので、遅刻してひとりで登校時間外に歩かせないでほしいと学校側から再三注意を受ける地域だ。


まりんちゃんはまだ入学したばかりの1年生、ご家族が学校に送ってあげることはできないのだろうかと心配をしていた。


そのうちまりんちゃんがお母さんの車で学校に送ってもらう姿を何度か見かけた。
学校側から何か言われたのかもしれない。
お母さんは見るからに不機嫌そうだった。
彼女自身も仕事に行かなければならず、その前に保育園に下の子を送り届けなければならないようだ。
上の子まで小学校に送っていかなきゃいけないなんて!と朝の忙しい中で憤っていたのかもしれない。


そのうちまりんちゃんは遅刻せず早く登校するようになり、朝会うことはなくなった。

 


娘が小学校に入学してからしばらくの間、いつもいっしょに下校する子たちを毎週うちで遊ばせていた。

まりんちゃんも何度も遊びに来ていた。


あるときキッチンに立っている私のところに彼女がいつの間にか寄ってきて、ポツリポツリと自分のことを話しはじめた。

 

「まりんはね、ほんとは他の小学校に行くはずだったんだよ。前は苗字も違ったんだよ。小学校に入る前に本当のお母さんとお別れしてきたの。おじいちゃんとおばあちゃんともお別れしたの。すっごく泣いたんだよ。引っ越したくないっていっぱい泣いたんだよ」

 

そして今度は新しいお母さんと、そのお母さんが連れてきた弟といっしょに住み始めたこと、新しいお母さんは弟のことだけかわいがるので、家ではいつも飼っている犬といっしょにいることなどを話してくれた。

 

まりんちゃんが話してくれた内容に驚いたとき、本当はもっといろいろ聞きたかったのだけど、親御さんの知らないところで子どもに家庭の事情を話させてはいけないと、ただまりんちゃんが淡々と話すのを聞いて共感するしかなかった。

 

「お母さんと離れたとき悲しかったね」


「ワンちゃんがいてよかったね。ワンちゃんもまりんちゃんのことが大好きだろうね」

 

言えるのはそんなことくらい。

 

まりんちゃんの新しいお母さんとはあいさつ程度しか交わしたことはなかったが、20代後半くらいの若くて綺麗でとてもきちんとした印象の方だった。


しつけにとても厳しいようで、まりんちゃんはうちに来る子どもたちの中でも特にお行儀の良い子だ。


うちに遊びに来はじめた頃、彼女はお菓子やお茶に決して手をつけようとしなかった。
みんなでいっしょに食べようと誘うと、お母さんにお茶も飲んではダメだと言われていることを知った。


慌ててお母さんにLINEで相談し、他の子といっしょにお菓子を食べる許可をもらったこともあった。


子育てに対していろんな気負いが感じられて、お母さん自身が苦しいのではないかと心配になったり、私の方がおかしいのかと悩んだりした。

 

まりんちゃんの家はお友達の中で一番遠い上に、交通量の多い狭い道路を歩かねばならない。
夕方5時過ぎ、交通量の多くなる時間帯に6歳の子をひとりで帰らせるのが不安で、うちに遊びに来た帰りに何度か家まで送っていった。


実際、彼女の歩き方はとても危なっかしくて、狭い道路で車の横スレスレを駆け抜けたり、突然道を横切ったり、車のほうが気を付けてくれなければいつ事故に遭ってもおかしくないような進み方だった。


それに本当によく転ぶのだ。


学校帰りに膝から血を流してワーンと泣いているところに遭遇し、慌てて学校の保健室まで連れて行ったこともある。


何度か住んでいるアパートまで送っていると、ご両親が気にして迎えに来るようになった。
こちらは娘と散歩がてらいっしょに歩いているだけなので気にしないでと言ったのだが、やはり気が済まないらしかった。


その後お母さんがうちまで車で迎えに来ることもあったが、そのうち

「ひとりで帰らせてください」

と言われるようになってしまった。


いっしょに住み始めて数か月しか経っていないのだから、もう少し優しくしてあげてもいいのではないかと思ったが、彼女なりの教育方針なのかも知れず、そこに口を挟むのはやはりタブーだろうと何も言えなかった。

 

そしてあるとき、家で遊んだ子供たちを娘といっしょに大きな通りまで見送っていると、点滅信号で子ども2人がいきなり駆け出し、止める間もなく渡りきってしまった。


向こう側に渡ったお友だちを見たまりんちゃんは、完全に信号が赤になっているのにも関わらず、その子たちに追いつこうと横断歩道に飛び出した。


「危ない!」


私はびっくりして大声で叫んたが、国道の喧騒の中に声がかき消されていく。


動き出した車の列が、前しか見ていない彼女の方に進み始めた。


一番前の大きなトラックがガクンとブレーキをかけて止まり、彼女はそんなことには全く気付かずクラクションの嵐の中、横断歩道を渡り切った。


私は娘の手をしっかり握ったまま、車の列に何度も頭を下げて、走っていく彼女を見送った。

 

その日、ご両親はまりんちゃんの危なっかしさを分かっているのだろうかとひとり悶々と考えていた。


学校帰りにも何度か危ない場面に遭遇したことがある。
しかしあいさつ程度しか交わしたことのない親御さんに、あの子をひとりで歩かせることの危なさを言ってみたところで、ただ子育ての仕方を批判されていると感じさせるだけかもしれない。


親同士でのそんな話は角が立つばかりだろう。

 

いろいろと考えた挙句、うるさい親だと思われてもいい、学校の教頭先生に相談しようと思い立った。


交通量の多い道路で車道に飛び出す生徒がいて危ないこと、そしてまりんちゃんの横断歩道での怖い出来事を。

 


「十分なご指導はされていると思いますが、もう一度学校で一年生に徹底した交通指導をお願いできませんか」


翌日、教頭先生にそのように相談すると、すぐにみんなで通学路を歩きながら交通ルールの確認をするという指導をしてくださった。


それでも危なっかしいまりんちゃんの歩き方を思うと放っておくことができず、うちに遊びに来た後は危険の少ない道までしばらくは送って行くようにしていた。


「お母さんにひとりで帰るように言われたんだよ」


いっしょに家まで送ろうとする私と娘に、悲しそうに言うまりんちゃん。
用事があるからいっしょに途中まで行くだけだよと言うと、ホッとした顔で嬉しそうに笑っていた。

 


まりんちゃんは下校中にもいろんなお話をしてくれた。


週末や連休に家族で海やプールに行った話、

お母さんのお友達の家で映画をいっしょに見るのが楽しみで興奮していること、

お母さんが髪を結んでくれたと嬉しそうにしている日もあった。


新しいお母さんの優しい一面をうかがえる話を聞くと心底ほっとした。


あるときは髪を切りたくないのにお母さんに切るように言われたと、彼女はショートボブになっていた。


お母さんのお友達の美容師さんにカットしてもらったのだそうだ。


髪が結べる長さまで伸びてきたことを喜んでいるまりんちゃんを知っていたため、ちょっとしたショックだった。


でもそのショートボブは、プロの美容師さんがカットしただけあって、とてもかわいくスッキリ仕上がっていた。


そろそろ水泳が始まる時期だから、濡れた髪で気持ちの悪い思いをしなくていいよう短くしてあげたのかもしれないと思いなおした。

 

「かわいくなったじゃない!さすがお母さんはセンスがいいね。まりんちゃんに似合うヘアスタイルがよく分かってるんだね」

 

大げさなくらいかわいいかわいいと彼女のことを褒めると、実は彼女も結構気に入ってるらしく、嬉しそうに笑っていた。


自分の子と、血のつながらない子を同時に育てる苦労など経験したことのない私は、まりんちゃんの新しいお母さんに対してどんな批判的な感情も持ってはいけないと気を付けていた。


仕事をしながらまだ小さい自分の子を育てるだけで必死な状況かもしれない。
それなのに、かまってほしくて常に怪我や病気を訴えてくる他人の子どもにずっと寛容でいられるだろうか。


きっとお母さんは必死でがんばっている。


まりんちゃんから見て弟ばかりかわいがるお母さんも、弟さんがまだ小さくて手がかかるから仕方ないだけで、お母さんなりに努力されているのだろう。

 

まりんちゃんがうちに遊びに来ているときに、お母さんが弟とふたりでお買い物に行ってしまったことをメールで知りがっかりしていることがあった。

 

「私もお母さんといっしょにお買い物に行けばよかったかな」

 

それを聞いて、まりんちゃんは新しいお母さんのことが大好きなのだなと胸をなでおろした。

 

そのうち、娘の登校しぶりの問題などで他の子たちをかまっている暇がなくなり、発達障害で集団が苦手な娘は他の子を避けて静かな時間に登下校しなければならず、お友達が家に遊びに来たがるのもたびたび断らなければならなくなった。


そうしてまりんちゃんとお話しすることもあまりなくなっていった。

 


2年生のクリスマス頃、久しぶりに子供たち7人ほど集まって家で遊んでいたときのこと、まりんちゃんがキッチンにいる私のところに静かに寄って来てお話しをはじめた。

 

本当のお母さんといっしょに暮しているとき、お父さんが帰って来なくてお母さんがビールばかり飲んでいたこと。

 

「それでお母さんごはんも作らなくなってね、私がどんどん痩せてガリガリになっちゃったからいっしょに住めなくなったんだよ」

 

私はなんと声をかければ良いのか分からず、こんなに小さいのになぜこの子はこんな苦労を背負わなければならないのだろうと胸が締め付けられる思いだった。

 

「離れて暮らすようになってお母さんと会うことはあるの?」

 

はじめて私からまりんちゃんの本当のお母さんのことについて質問した。

 

「一回だけ電話がかかってきたことがあるよ」

 

まりんちゃんはお母さんのことを批判的に語ることは一切なく、ただいつも淡々と語る。
自分の置かれた状況を客観的に見ることなく、ただ受け入れるしかない子どもはそんなものなのかもしれない。


だから私も静かに聞く。

 

「新しいお母さんはお仕事で忙しいのに、たくさんお世話してくれる優しい人で良かったね」

 

まりんちゃんは「うん」と笑顔で頷いた。

 

ごはんを三食食べさせてもらって、お休みには遊びに連れて行ってもらってと、当たり前の生活をさせてくれる新しいお母さんといっしょに暮すようになって、彼女は前より幸せになっていたのだ。

 


そんなまりんちゃん、小学3年生の1学期になんと転校することになった。

 

「まりんちゃん今週でお別れなんだって」
「違う学校に行くんだって」
「苗字も変わっちゃうんだって」
「お父さんといっしょに従姉妹のところに引っ越したんだって」

 

学校に娘を迎えに行くと、娘のお友達が次々と教えてくれた。

 

新しいお母さんは2人目の子供を産んで赤ちゃんのお世話で忙しいはずだった。
出産後しばらくして短期間入院したことも、まりんちゃんからちらりと聞いたことがあった。
もしかしたら身体を壊してしまったのかもしれない。

 

お別れ会をしたいと仲良しの子たちが言うので、まりんちゃんのお父さんに連絡を取り、翌々日にうちに遊びに来るよう伝えてもらった。

 

そしてお別れ会当日、続々と娘のお友達が10人集まった。
お別れ会と言っても、ただみんなで楽しく遊ぶだけなのだが。


まりんちゃんはうちに遊びに来たときいつも

 「今何時かな?」

 と時計を何度も見る。そして

 「ああまだ○時○分だ。まだたくさん遊べるー」

 そう嬉しそうに言うと、安心してお友達の輪の中に戻って行く。

 

楽しい時間がまだまだ終わりませんようにと願っているように見えて、とても愛らしかった。

 

みんなを遊ばせている最中、まりんちゃんのおばあさまから電話がかかってきた。

ご挨拶に伺いますとのこと。


家の外にまりんちゃんの叔母さまにあたる方といっしょに車で来られて、子供たちみんなに十分すぎるくらいのケーキやジュースを持ってきてくださった。

 

おばあさまはサングラスをかけたおしゃれな方で、腰が低くてこちらが恐縮するくらい何度もお別れ会のお礼を言って下さった。


いっしょに住むことになったらしい叔母さまは、30代くらいの優しそうな方だった。


この方のお子さんで、まりんちゃんの従姉妹にあたる子ども3人といっしょに姉妹として暮らすことになったらしい。


詳しいいきさつなどはもちろん聞くことはなかったが、とにかく優しそうで気遣いの溢れる親族に囲まれて生活をすることになったことに安心した。


以前から従姉妹のところに遊びに行くというのをよく聞いていた。
こんな方たちにちゃんと愛情を注がれていたのだなと気持ちが楽になった。

 

まりんちゃん、今までよりも幸せに暮らせるといいな。

 

ひとしきり子供たちが遊んで、帰宅時間の5時半になった。


まりんちゃんのおばあさまと叔母さまが車でまた迎えに来て、丁寧にお礼を言ってくださった。


次々と家から出てきた子供たちを見て、叔母さまは驚いて

 「こんなにたくさん、たいへんだったでしょう?」

 と私を気遣って下さった。


車の中から中学生くらいの女の子が出てきて、まりんちゃんの頭を愛おしそうに撫でながら

 「まりん良かったね。こんなにたくさんのお友達と遊んで楽しかったでしょ」

 と語りかけていた。

 

従姉妹のお姉さんらしい。

 

まりんちゃんがそんな風にかわいがられる姿をはじめて見た私はとても安心した。


これまでのまりんちゃんの境遇を考えると、必要以上に優しく甘やかされてもいいはずだ。

 

二人目のお母さんは赤ちゃんと実家に帰ってしまったらしい。

ずっと別れて暮らすのか、一時的に離れて暮らすのかは分からない。


でもとにかくまりんちゃんはこの家族の中で十分に気遣ってもらえるのだなという安堵。


新しいお母さんが溺愛していたはずの弟さんもいっしょに引き取られているのが気がかりではあったが。

 

子供たちみんなが見守る中、まりんちゃんは黒い大きなワゴン車に従姉妹のお姉さんたちと乗り込み、車の中から嬉しそうに手を振った。

 

バイバーイ!」

 

子どもたちが必死に手を振る。

 

「また遊ぼうねー」

 

走り出した車に向かって何人かが走り出す。
さようなら、さようなら、幸せにね。
私は胸がいっぱいになりながらまりんちゃんを見送った。

 


まりんちゃんはそうして、車で10分程の場所に引っ越して行った。

 

そう、近くの校区に引っ越しただけ。

 

次はまりんちゃんが新しい学校とお友達に慣れた頃、夏休みにでもお友だちをたくさん集めていっしょに遊ぼうと誘ってみようかな。

 

まりんちゃんがいっぱい甘えられる環境で育つことを願いながら、彼女の成長をこれからもそっと見守れたらいいなと思うのでした。

10年ぶりにブログ再開

30代前半、辛い会社員生活から抜け出すべく婚活をはじめ、その記録を綴ったブログをあるサイトで開設しておりました。

仕事忙しすぎる、売れないミュージシャンの彼氏がクズすぎる、真面目な普通の社会人と結婚して幸せになりたい・・・

そんな心の叫びを書き連ねながら自分の心の中を少しづつ整理した結果、半年後には出会って1か月しか経っていない人との結婚が決まっていたのでした。

10年前のブログでその軌跡を読んでいたら、なんて浅はかな・・・というため息しか出ず、だからといって今の私は経験値が上がっただけで基本変わってないんだな。

人はそうそう賢くなれないものですね。

ということであれから10年、自分の身のまわりのこと、特に子育てについて、気持ちを整理するために過去のことを反芻しながら日々のことを書き連ねていこうと思います。

飽きっぽいから続くかな~