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こまこカフェ

自閉症スペクトラム障害、アスペルガー症候群の娘こまこさんとの日々をつづります

女優さんの件の会見に思うこと

先日、強姦致傷事件を起こした容疑者の母親である女優さんの会見を見てからというもの、胸が苦しくて仕方ない。
彼女もまた間接的な被害者だし、手のかかる子の子育てに苦労してきた心情、状況が痛いほど分かるだけに他人事とは思えないほどの心痛がある。


会見の翌朝、目が覚めていちばんに
「ああ、あの事件は夢じゃないんだ」
そう思って重苦しい気分になり、それは私の身に起こったことではないのだと自分に言い聞かせた。
容疑者は留置所で目を覚ますたび後悔するのだろうか、これは夢ではないのだと。
そしてその母親も同じくそうだろう。
寝ても覚めても終わらない悪夢がこれから続くのである。


苦労してなんとか社会で自立していけるように育ててきただろう、甘やかしすぎと言われたり、子離れができていないと言われたりしても、子が自分で身を立てられるようになるまで面倒を見るのが親の役目だと思えば、周りになんと言われようと子のために頭を下げて回らなければならなかったかもしれない。

 

容疑者が発達障害だったかどうかは素人が判断すべきではないし、専門家でもない人たちが聞きかじった知識であれこれ診断名をつけるのは、発達障害児を育てる親として憤りを覚える。
しかし4歳まで言葉が喋れなかったなどの記事を目にすると、今なら何等かの診断がついたのかもしれないなあと思ったりはする。


私の娘は3歳半のときに発達障害のひとつである自閉症スペクトラムアスペルガー症候群と診断された。
記憶力がとてもよく、2歳までに平仮名、カタカナ、アルファベットを読めるようになっていたが、会話のキャッチボールに困難があった。
4歳ごろまでは、言葉や会話を覚えて真似するものの、簡単な質問に適切な答えが返せなかったり、質問に対してオウム返ししかできなかったりという感じだった。
普通に喋っているように見えるうえに記憶力も良いことから、医療機関で相談しても心配ないと言われていたし、私自身が育児ノイローゼを疑われて心療内科を勧められることもあった。
言葉を喋っていてもこちらの言うことを理解していないことが多いようだし、かんしゃくがひどくて本当に苦労した。
かんしゃくには娘なりの理由があり、それを言葉でうまく伝えることができずにパニックになっていたのだが、それに関してはまた別の話なので割愛する。


とにかく知的障害がない発達障害というのは見つかりにくく、健常者とのボーダーラインにいる場合は本人の困り感に気付いてもらえずに親も子も苦労する。

 

自閉症スペクトラム障害スペクトラムとは連続体という意味で、自閉症の傾向が強い人から、全くない人までを連続体として考えたときに、障害者と健常者の間に明確な線引きがあるわけではない。
ボーダーライン辺りにいる人なら、適応しやすい環境に置かれることより全く障害を感じることなく生きていけるだろう。
程度によっては環境で障害か障害でないかが決まることがあるのだ。
要は、その人が生きていかなければいけない社会で適応できるかどうかが、障害者か否かを分けることになる。


しかしあくまでもこれはボーダーラインにいる場合の話。


発達障害のチェックリストを見てみると分かると思うが、なんとなく自分や周りの人に当てはまる項目があるはずだ。
だが当てはまったとしても大抵の人は社会生活に困難を抱えるほどではないだろう。
この機能障害が社会生活を困難にさせるほどひどい場合、発達障害を疑われることになる。

 

発達障害は育て方により後天的に発症するものではなく、先天的な脳の機能障害なので、障害の程度がひどい場合は身体に障害を持つ方と同じように社会生活が困難になる。
外見では障害が分からないために周りの配慮が得られず生き辛さを抱え、鬱などの後天的な二次障害を発症して苦しむことも多い。


件の容疑者がどうだったかは分からないが、芸能界という彼の特性に合った社会を見つけ、彼自身の才能を伸ばして評価されていたので、そのままいけば何らかの診断をつける必要もなく、個性として受け入れられる範囲になっていたのかもしれない。
そして、そんな人は世の中にいくらでもいて、完全な健常者を定義すればそれは人として相当優秀でなければならないし、そちらの方が少数になるのではないのだろうか。

 

あの女優さんが会見でお話しされるのを聞いたとき、私は意表を突かれた。
私が勝手に予想していたのは、息子のやったことは許されることではないと険しい表情で断罪し、被害者の女性、仕事の関係者への謝罪を行って会見に幕を引く彼女だった。
しかしマスコミの前に出てきた彼女は、小学生の息子がたいへんな事件を起こしてしまったと困惑しているような表情で憔悴しきっていた。
およそ成人男性の起こした罪とは思えない会見だった。
だからこそ彼女の苦しい立場や思いを知った世間の人の同情を誘ったし、私自身も親として身につまされる思いだった。

 

しかし、被害女性からしたらどれだけ胸をえぐられる会見だっただろうか。
性的被害に遭うということは、人としての尊厳を奪われることだと本当に理解できている人はどれだけいるのだろう。
男性とふたりきりで、無理やり組み敷かれるということは、首でも絞められれば簡単に命を奪われるということでもある。 
抵抗しても聞き入れてくれない興奮状態の人間に、更に抵抗する勇気など普通は恐怖で沸いてこないだろう。
殺されないために抵抗しないという選択をせざるを得ない状況が想像できるだろうか。
そして事後、その相手を非難してその場で罪を意識させたとして、相手はこちらの意思を全く尊重せず、欲望の赴くままに行動する人物だ、激高してさらに傷付けられるのではと恐怖に怯え、言いなりになるしかない。
だから相手が満足して興奮が収まってから、そっと傍を離れることしかできないし、命を守るためにはそれがいちばん賢明なのだ。

 

被害女性の受けた傷は加害者の社会的地位を崩壊させることと比べられるものではない。
その罪でどれだけの社会的制裁を受けようが、被害者家族までもが間接的な被害者になり不幸になろうが、彼はそういう罪を犯したのだ。


女優さんが会見で、このようなことは言わない方がいいのかもしれないが、息子は死にたいと言っていたとか、思考が停止したように「申し訳ない申し訳ない」と繰り返すばかりで泣いていたなどと言っていたが、世間に対してあの情報は必要だったのだろうか。
何があってもあなたのお母さんだからと言った涙ながらの場面など、子に対する深い愛情と苦しさが伝わってきたし、容疑者がどれほどの親不孝を犯したのかを思い暗澹たる気持ちになった。


しかしあの会見で同情を買い、容疑者でありながら弱者側の立ち位置に多少なりともずれてしまったことで、被害女性が裁判に持ち込もうとしたときに非難する人が出てくるかもしれない。
これ以上の制裁を加えることが間接的な被害者である相手家族を更に苦しめることになると分かっていれば、被害女性自身も罪悪感を持つかもしれない。
ましてや示談金を受け取ろうものなら、やはりお金が目的だったのではないかと疑う人も出てくるだろう。

挙句の果てに発達障害なのだから事件を起こしたことは仕方がないなどということになれば、被害者は黙るしかなくなる。

 

そもそも性欲を我慢できないほど理性を保てないような特性なら、10代ですでに事件を起こしていたのではないだろうか。
普通なら眉を顰められるような言動も、バラエティー番組で笑ってもらえることで許されていると勘違いしていったのかもしれないし、有名人ということで一般の人からちやほやされることに慣れてしまい、何をしても受け入れてもらえる気分になっていたのかもしれない。


今までだって性犯罪事件を犯した芸能人は何人もいた。
本来なら理性で欲望を抑え込むことができていたのに、環境が彼のタガを外してしまったのかもしれない。


世の中には店頭接客で親切にされただけでもそれを相手の好意だと勘違いする人はいる。
私は旅行業界で接客を長くやっていたが、お客様に満足していただきたいとの一心で接客し感謝されることもあれば、男性にそれを好意と勘違いされてつきまとわれることもあった。
きちんとした職業についている普通の男性でもそのようなことがあるのだ。
もしそのように相手の気持ちを誤解しやすい人が芸能人としてちやほやされたらどうなるだろう。
原因は容疑者の特性だけでなく、社会経験や下積みを十分に積まず、良識を持ち合わせないまま持て囃された結果かもしれないし、それは本人とご家族、専門家がひも解いていくことでしか明らかにできないだろう。

 

だからすべて発達障害のせいにしてほしくないのだ。

 

社会に適応できずにどれだけの人が二次障害で生き辛さを感じているか、その人たちが偏見の目に晒されて犯罪者予備軍のような目で見られ、更に生き辛さを感じる世の中にだけにはなってほしくない。


まわりの空気が読めないちょっと変わった人が全て発達障害ではない。

 

私もかつて性犯罪被害に遭ったのだが、相手が精神障害を装って入院してしまったため、裁判に持ち込むこともできなかった。
その人の母親から涙ながらに謝罪され、警察には相手のご家族にも生活があるのだからと諭された。
殺されかけたにもかかわらず泣き寝入りするしかなかったのだが、事件後2年間は加害者に追われたり待ち伏せされたりする悪夢に怯え、口惜しさと恐怖から何度も相手を太刀で思いきり切り刻む白昼夢から逃れられなかった。


20年経った今でさえ、加害者の陰に怯え、昼間でも家の鍵を何度も確認してまわっている。


性犯罪被害に遭ったにもかかわらず、加害者の母親に泣き付かれて示談金ですまされても気持ちが晴れるわけがない。
加害者が死にたいと言っていることを知らされるのは、これ以上の制裁を加えるなという強迫に等しいのではないか。

 

今後あの事件がどのような結末を迎えるのかわからないが、私は被害に遭われた女性の方がどうか心安らかに過ごせる日が早く来ることを願う。
そして発達障害に対する偏見がこれ以上広がりませんように。